| 新年あけましておめでとうございます。 昨年中お世話になりました皆様に感謝申し上げます。 本年もどうぞよろしくお願い致します。
幼稚園は3学期を迎え様々な行事があると共に年長さんがもうすぐ卒園する旅立ちの時でもあります。今共に活動しているお友だちと素敵な思い出をつくり小学校へのステップとしていただけると幸いです。つぼみさん、ちゅーりっぷさん、ばらさんもそれぞれたくましく成長し、それぞれ次の学年へとステップアップする準備が整っているようです。
今回も尾上史郎校長の著書を通して広島三育学院の出来事の中から三育教育の目指すことについて書かせていただきます。テーマは「経験(Experience)--多くの本物経験を提供し続ける教育」です。 「私は12歳の頃から寮生活を送っています。今では手慣れた掃除、洗濯、身の回りの整理も初めは苦労しました。また、人間関係で悩んだり、自分の弱さにぶつかったり、辛さを一人で抱え込んでしまう時も少なくありませんでした。しかし、振り返ってみると『嫌だなあ』と感じていたことが一概に『悪い出来事』とは言えずむしろ今の自分に繋がっているのだと、今は確信することができるのです。きっと、それは、三育という環境の中で神様の導きへの感謝で、心が幸せで満たされていくからだと思います。 『何一つ不自由もない。困っていることも、悩みも、辛さもない』ことからくる幸せではなくて、たとえ苦しみの中にいようとも、それを通して『祈りと賛美の力、共に喜び涙する絆、与えられ守られている命の尊さ』が感じられる幸せが、三育にあると思うのです。私はこの6年間の学びを通して、ゆっくりではありますが『幸せを感じる力』を手に入れつつあるのではないかと思います。(高3国際英語コースK・H) これは、6年間の寮生活を経験した女子高生の残した言葉である。広島三育学院での様々な体験が彼女自身の価値観にも影響を与え、自分の身に起こってくる事柄自体によって幸不幸が決まるのではなく、それを受け止める側の姿勢が変わることで起こった事柄の意味が変わってくるという気付きが与えられていることは、彼女にとって一生涯の宝となるに違いない。単に疑似体験を行うのではなく、役割を担い責任を自覚しつつ多くの経験を重ねていくことの強みが、ここにある。」(『十代の心を理解する』P144,145) 「それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。」(口語訳聖書 ローマ人への手紙5:3-5) 三育幼稚園では、毎日のように讃美、お祈り、暗唱聖句(聖書の言葉を覚える)をしています。小さな繰り返しですが子どもたちの経験を通して着実に安定した品性が形成されているのではないでしょうか。園児たちはイエス様がどんな時にも傍にいて支えて下さり、どんなに弱く小さくても私たちを愛して下さることを経験しています。 池宮城義一
| 2013/01/22 | |